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(6) 治療開始!
2009年10月22日 (木) | 編集 |

2009年3月某日


リンパの細胞診の結果を聞くために、再びオットと病院へ行きました。


診察室へ呼ばれると、いつものS先生ではなく部長のI先生でした。


まずリンパの細胞診の結果、組織は全て脂肪。

したがって、抗がん剤治療は術前には行わず、ホルモン療法を始めることに。


先生から、どういう病気で、どういう治療・手術が必要かという詳しい説明を図も交えてして頂く。

とても明快でわかりやすくて安心できた。


私の場合は針生検の病理結果は

「非浸潤がんがほとんどだが一部浸潤している」 という所見。

(乳管内にがん細胞が留まっているのが非浸潤がん、乳管の外まで侵されているのが浸潤がん)


浸潤がんだと聞いて 「がん保険おりるな~」 とのんきに思った。

非浸潤がんだと、「上皮内がん」といって診断給付金が小額になったり支払われないケースがある。

(もちろん保険は下りなかったとしても非浸潤がんの方が早期なので良いです)


乳管は枝分かれし、その外側に血管、リンパ管がある。

がん細胞は目に見えないものだから、どこに飛んでいるかはわからない。

浸潤がんがあると言うことは転移の可能性が0ではないため、全身療法が必要。


  局所療法・・・手術・放射線

  全身療法・・・抗がん剤・ホルモン治療


手術法としては、前回のS先生の説明と同様に「部分切除+部分再建」でいいでしょうという話。

がんの広がりの範囲が想定しづらく、意外と広いと思われるため、扇状部分切除という1/4程度の広範囲を切除する方法がとられるとのこと。

乳房の下側を大きく切除するため形が崩れやすく、整容性を考えると再建を併せることが望ましいという説明でした。


詳しい情報の冊子を戴き、手術の予約、再建外科への紹介の手紙を用意してくださる。

手術は早くても2~3ヶ月先。再建外科へは3月末に行くことになった。



ホルモン療法。

LH-RHアゴニスト(ゾラデックス)右矢印4週間に1回下腹部に打つ注射

 脳の下垂体に作用し卵巣でエストロゲン(女性ホルモン)を作ることを阻害

タモキシフェン(ノルバデックス)右矢印毎日内服

 がん細胞の女性ホルモン受容体をブロックし、がん細胞に栄養を与えないようにする役割をする


私の場合はこのふたつの薬による治療をすることになった。


そしていきなり 「今日やりますか? それとも次回に?」 という話に。

次回に来るのは面倒すぎる。

でもホルモン療法やるんだろうな~と思いながらも、いきなり今日なの? と心の準備ができていなかった。


なので、大らかなI先生をイラつかせる程質問してしまった汗

治療が嫌だったんじゃなくて、始まる前に聞いておきたかっただけなんですが・・・。


あれしちゃいけないとか考えないで、お酒だって飲んでいいし、ストレスをためないようにゆっくり休んで・・・もう治療始まるんだからそのことに安心した方がいい


そう言って頂けて覚悟が決まりました。


ゾラデックス、右腹の肉をつままれ、ばちこ~~~んドンッ と・・・

少々屈辱的でもあり、太い針が恐怖でもあり、注射の筒の中にバネ入ってるし、色んな意味で衝撃的な注射でした。


そうして長い診察が終わったのでした。




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(5) 治療方針決定?
2009年10月22日 (木) | 編集 |

2009年3月某日


前回の診察で、家族を連れてきて欲しいと伝えられたため、一抹の不安を抱えながらも結局オットが来てくれることになった。


診察の前に採血に行って、その後CT(ヨード造影剤使用)検査

CTの造影剤は突然身体がごぉぉ~~っっメラメラと熱くなる感じがして、きっと普通の人は気持ち悪くなるんだろうけど、なぜだか私はだんだん面白くなってきてしまうのね~(^_^;)

熱さ自体は気が付くとすぐ消えているから、ほんの少しの間の出来事だし。

それよりむしろ、造影剤の点滴針を差すのが痛いのなんのって・・・。

抜いたあとも血が止まったと思い絆創膏を剥がしてしばらくしたら、針跡がめっちゃ盛り上がってものすごい青タン+再出血ダウン

大事な検査ですが、なかなか侮れないことよ・・・。



診察はなかなか呼ばれず、後回しにされる。

家族も一緒で色々説明しないといけないとなると、時間がかかりますからねぇ。


CTの結果は出ていて、遠隔転移(他の臓器への転移)はしていないらしかった。

ただしわきの下に1センチ大のリンパの白い影が写っているため、ここの細胞診をした結果で今後の方針を決めましょうということになった。


もしリンパに転移有りとわかれば右矢印術前抗がん剤

転移がなければ右矢印術前ホルモン療法


手術まで数ヶ月の待ち時間があるので、その間進行させないために何らかの治療をしようということだった。

がんの性質的には顔つきが良く、進行はゆっくり。そんなに暴れん坊ではなくておとなしくのんびりということで、まるで自分の性格を言われている気がしてしまったわ。

数ヶ月の間に大きくなる可能性は低く、逆にホルモン剤で縮小する可能性の方が高いらしい。


私の場合はホルモン剤が効きやすいタイプで、反対に抗がん剤が効きづらいことが多いのだそうだ。

ただ年齢的に若年性ということもあり、再発を避けるために今後抗がん剤を使う可能性は高い。

しかし抗がん剤治療をした場合、30代で2割前後の人に止めた生理が戻って来ず、閉経してしまうというデータがあるらしいとのこと。

そういった治療をすることも視野に入れてよく考えてみて欲しい、と先生から言われた。


今後妊娠を希望するのかどうか? それとも自身の命を優先するのかどうか?


閉経しなかったとしてもホルモン治療をしている5年の間は妊娠することができない。

5年後には40歳に手が届きそうな年齢になっている。

今後の人生設計における大きな課題を突きつけられた気がした。

私としては自身の命をないがしろにしてまでも妊娠は希望しない。

でもおいそれと、その望みを絶つのも気が引けるし周囲にも申し訳ないので、可能性は残しておきたい。

いいとこどりな気もするけど、治療が終わった時に元気な自分でいられれば、またその時に考えればいいんじゃないかな? という風に思った。


手術方法については 「部分切除+部分再建」 がいいだろう、というお話を頂いた。

選択肢は 「全摘」 「温存」 の二通り。

年齢を考えると(先生の気持ち的に)温存で残してあげたいが、下の部分の広範囲を切除しなくてはならないので、形の崩れは避けられない、と。

だから背中から脂肪を持ってきて形を整える方法が良さそうという提案だった。

そして乳頭については、分泌があることでがんの通り道になっている可能性が高いため、切除は免れないということだった。

乳頭を取ったら・・・

キューティーハニーじゃない!? なんか嫌かも・・・ガーン

はじめて聞いた「再建」ということばに、わからないながらも望みを託そうと思った。



オットの様子は・・・意外なことにとてもしっかりしていた様子だった。

先生が言葉を選びながら丁寧に説明してくれたし、オットも一緒に頑張ろうっていう気持ちでいてくれたのが良かった。

正直具体的な話を聞いて調子悪くなっちゃったらどうしよう、と思ったのだけど、きちんと最後まで聞いていてくれたことで私も安心できたし、ここまで良くなってくれたんだと感慨もひとしおだった。

それまでひとりでなんとかしなくちゃ、って無理やり頑張っていた私だけど、少し気持ちが楽になった。


治療方針は決まらなかったけど、オットの回復を感じられたことがとても嬉しく、意味のある1日となりましたラブラブ




(4) 意外な結果
2009年10月22日 (木) | 編集 |

2009年3月3日


午前中お仕事して、午後から習い事のフラ行って、少し早く帰らせてもらって病院へ。

なんてことない、いつものつもりの診察のはずだった。


「え~・・・こないだの検査の結果なんですけどね。


悪性の・・・がんの細胞が出てしまいました。」


「えっっ!? そうなんですかはてなマークえっ


単純にびっくりした。


だってこないだは「違うと思う」って言ってたじゃん!! と心の中で思った。

先生はそれを察知したのか、

「違うと思ったけど、そうだったんです・・・」というようなことをすまなそうに言った。


今後はどのように細胞が広がっているのかを調べ、どの範囲を切除するかなどを決めなくてはならない。

CTと血液検査の予約を入れてくれた。


先生や看護士さんもいつもより、なんとなく、なまぬるーく優しい。


私一人で来ているせいか、あまり詳しいことを語ってくれないのが不満だった。


「次回の時にご家族を連れてきてください」・・・という話になり・・・


「うちのオットは私よりビビリなんです・・・・・・あの~うつがあって、それで果たして連れて来ても大丈夫か不安なんです。だからできることならオットを連れてくるのは避けた方がいいと思っているんですけど。」


と伝えたら、


「どっちにしろ旦那さんに言わなきゃいけない時が来る。大事なこと知らせないで、おいてけぼりで治療を進めるわけにはいかないんだから!!プンプン


と先生にしかられるあせる 


そりゃそうなんだけど・・・

別に病気のこと話さないなんて言ってないのにさっ。

病院で具体的な話聞いて調子崩されたらたまらん、って思っただけなのにさっ。

と、私もなぜだか喧嘩腰にガーン


「病気のこと言わないつもりはないですビックリマークくらいは言い返したと思うw

なんで告知の日なのに先生とバトルしなくちゃならないの汗なんて後から思うわけなんですが。


とりあえず「じゃあ、話してみて考えます・・・」といって診察室を出た。


中待合にいると看護士さんが来てくれて「ご家族来てくれそう? ご両親は遠いの?」と聞かれたので、

「実家は近いので父でも母でも・・・必ず誰かしら連れて来るから大丈夫です」

「夜眠れそう? 大丈夫? がんばりましょうね!」

と優しくフォローしてくださったので「これからよろしくおねがいします!」と伝えて帰った。



正直あんまりこたえてない。涙も出てこない。

むしろ現状を面白がってさえいるような、不謹慎な自分がいた。

現実逃避してたのかもしれないけれど。

いつものように・・・「なんとかなるでしょー」と思った。



会社帰りのオットと待ち合わせしていたが、電車やバスの中で話せる話でもなくて「あとで話すからね」と言っていつも通りの他愛のない話をした。

バスを降りたところで「検査どうだったの?」って聞かれて、

「がんの細胞が出ちゃったんだって。でも私大丈夫だし。必ず治るから心配しないでね。」と伝えた。

自分がどう、っていうより、オットや両親たちに伝える方が心苦しかった。



「自分は絶対大丈夫。こんなことでへこたれていてたまるか。がんに心まで冒されたくはない。」

そんな風に思った。

ただの強がりかもしれないけれど、言い聞かせていればほんとうの気持ちになる。

現に今でもそう思い続けている。




(3) 検査で終わった一ヶ月
2009年10月22日 (木) | 編集 |

2009年2月


Y市大の付属病院は二つあるが、そのうちY市内の中心部へ近い方が今回お世話になる病院。

早朝の通勤の波に揉まれながら病院へ向かう。


マンモグラフィ超音波検査をそれぞれの検査室で済ませ、乳腺甲状腺外科の診察を受けたのは夕方だった。

診察室にて先生による触診超音波検査を行い、出た分泌液を細胞診へ回す。


S先生、I先生のご判断でMRI検査後に針生検(はりせいけん)を行うことに決まる。

(針生検を先に行うと針の痕跡がMRIの画像に写り込んでしまい判断がつけづらい為、とのこと)

検査の予約を入れて貰い、初診は終了。


後日ガドリニウム造影剤を用いたMRI検査


更に後日の診察時に、部分麻酔をして針生検(しこりの場所を超音波で見ながら太めの針で組織を採取した)。

麻酔をしているから痛みは感じないが、背中をだらだらと流れる生温かい血の感触。体勢がつらくて腕がしびれてしょうがなかった。つらそうにしていると「痛くない? 大丈夫? すぐ終わるからもうちょっと待って!」と先生が声を掛けてくれた。


左胸をガーゼとテープでびっちり貼られて帰宅。その日はお風呂に入っちゃダメと検査後に言われてショックガーン

針を刺した部分の傷はなかなか癒えず、消毒に手間取り風邪を引く。そして左乳房下半分が内出血によりものすごい色になってしまう。内出血が引くまで一ヶ月位かかったような。



<先生のおことば>

MRIの結果を見る限り、がんである可能性は低そうである。

白い影が画像に写っているが、造影剤による染まるスピードが遅い(染まり具合が悪い)ためである。

がんの場合は、すぐに染まる場合が多い。

ただし断定はできないので、針生検によって良性か悪性か白黒はっきりつける必要がある。

その結果により取り方が変わってくる。

(悪性の場合はしっかり取り切らないといけないし、良性であれば必要最小限の部分を切除すればよい)



今振り返ってみると・・・

「がんの可能性が低い」ということばは、結果を待つ間不安にならないための優しさだったのかしら? と思えてくる。先生のそんな気遣いがあったか無かったかはわからないけれど、不安の欠片も感じることなく過ぎ去った1ヶ月間。「はっきりわかったらわかったで、もしがんだったとしてもなんとかなるでしょ!」と異常に強気だった。


「何があってもなんとかなるでしょ」という精神は、オットの病気とつきあいながら培われたもので、そう思い込むことで元気を奮い立たせる魔法のことば。

自己暗示と言っていいほど身体から脳の隅々まで染み込んで、今に至るまで継続して私の脳天気さを形成しております。いいのかわるいのか・・・はてなマーク




(2) 不安~転院へ
2009年10月22日 (木) | 編集 |

2008年7月頃


相変わらず左乳頭からは押せば分泌液が出る状態が続いていた。

ある時、同じ左胸の下側にも「しこり」のような、固い部分を発見。

2月と同じ病院へ行き、エコー(超音波)&分泌細胞診をしてもらったが、

「分泌液の成分は乳汁と同じものなので問題ない」と言われる。

このときも穿刺吸引細胞診(せんしきゅういんさいぼうしん)はしなかった。

もししていれば・・・と思うのは後になってからのこと。



2009年1~2月頃


去年と同様にかゆくてひっかいた。

そして分泌が出たついでにもっと出そうとしたのがきっかけだったのか、いつの間にか手で押さなくても、自然と出るようになり、下着が汚れるようになってしまう。量も次第に多くなる。

7月に見つけた下の部分のしこりも、以前よりはっきりとしてきて、その辺りを押さえた時にも分泌が出てくることがわかる。

またいつもの病院へ行き、マンモ、エコー、分泌細胞診、そして乳頭部のしこりと下のしこりに注射針を刺して細胞を取るという穿刺吸引細胞診を行う。

一週間後、下のしこりの細胞より「Ⅲ(良性か悪性か疑わしい)」という結果が出たと伝えられる。

「詳しく調べたいけれど、ウチではMRIが撮れないから、大学病院で撮ってきてね」と言われ、現在の主治医であるS先生宛の紹介状を貰って帰る。


昨年の初診からこの時に至るまで、先生からはこう言われていた。

「年齢が若いので、悪性とは考えづらい。良性のものが後に悪性になる可能性も低い。分泌があることで不便があれば、日帰り手術で部分的にしこりを切除することもできる。ただ、それを無理に勧める状況でもないから大丈夫」と。


私が不安に陥らないように、そんな風に言ってくれてたのかな? と今となっては思わなくもない。

ただ、私は言うことを額面通りに受け取り過ぎるところがあるから、もう少し疑ってみてもよかったのかな。


「MRIさえ撮って来ればいいんだよね♪」くらいの、ものすご~く軽い気持ちでいた。

久しぶりのお仕事を開始する間近で、その前に済ませて置きたかった。

慌てて次の日に大学病院の乳腺外来に行くことに決めた。

初めて行く病院なのでネットで一通り見て、出てきたのは紹介状の宛名になっている先生の写真・・・印象はともかく、あまり深くは考えずに、次の日の初診が長丁場になることを想定し、備えることにした。

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