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(11) 自家組織で再建決定
2010年06月02日 (水) | 編集 |
昨年の手術へ向かっていた日々の回顧録です。

2009年5月

乳腺外科の診察で手術方法が「皮下乳腺全摘」と決定した。
その2日後、再建外科の診察でした。

先生「手術どうするか決めた~?」
私「・・・すでに先生に決められてました^^;」

(ちょっとおさらい)
全摘か温存か5月までによく考えて決めましょうという話になってました。
5月の乳腺の外来で「全摘でお願いしますっっ!」と勢いよく宣言する気満々で診察室へ向かうと、先生から「皮下乳腺全摘ということで決定しました」と先に言われてしまったのです。
自分の意思に何ら反しない決定だった訳ですが、まだそのフェイントの衝撃から立ち直れていなかった^^;

「皮下乳腺全摘で、乳頭乳輪は取る」
乳腺での決定事項を再建の先生に伝えて、今度は再建方法の決定をしなくてはいけません。

(またもやおさらい)
前回の外来で提案された再建方法以下の通り。

●温存だったら
自家組織(主に背中の脂肪)で再建
乳頭乳輪は手術後落ち着いてから再手術

●全摘だったら
 ○自家組織(両側臀部)
 ○人工物(EXP挿入→シリコン入換→出産後落ち着いてから自家組織・お腹の脂肪に入れ替えることも可能)

今回全摘することに決定した。では中に何を入れるのか・・・

【~ココからの記述は私の当時の価値観に基づいています~】

人工物の場合、被膜拘縮の心配や、今後のメンテナンスについての不安を感じていた。
シリコンは一生持つという保障が今のところないから、今後入れ替える可能性がある。
将来シリコンをお腹の脂肪に入れ替えるとして、その時本当にS先生にお願いできるのか?
また、その時の自分に手術を受ける余裕はあるだろうか?と先が見えないことへの不安もあった。

せっかくS先生の手術を受けられるのに「シリコン」という選択肢はないのでは?
胸が下垂しているのに、片方ばかりプリッとしたアンバランスな胸になるのはどうなんだろう?
かといって健側を豊胸するのはちょっと抵抗が・・・。

身体の一部なのだから、「一生もの」として大事にしたい。
私の希望を叶えるのは「自家組織」かもしれない。

もちろんシリコンと違い、自家組織はドナーが必要だから、お尻にながーい傷が残る。
手術だって大掛かりだし(先生がとっても大変だし)、不安、全くないわけじゃない。

でも本来片方の胸がなくなってしまうところだった。
再建していただけるという事実。
それだけで、ものすごくありがたい!!!と思えた。
その有難さに比べたら、多少の不便や不満なんて、どーでもよくなってしまうだろう。

先生には大変な手術になりそうと言われていたから心苦しかったけれど、
自分の希望は「自家組織」と伝えて、ついに手術への道筋がはっきりと見えてきた。

5月末に術前検査を受けることになった。
6月の2~3週目が手術予定日で、遅くとも6月中には出来るだろうとの話。

日程が具体的になったことで緊張感が増してきた。

猶予期間は約一ヶ月。
入院グッズ集めなくちゃーとか、
たくさん運動して血流よくしなくっちゃーとか、
(細い血管を吻合するため、運動してくださいと入院のしおりにも書いてある)
忙しくなりそうな予感に心はワクワク。

「がんの手術を受ける」という不安より
「新しいおっぱいを作ってもらえる」という嬉しい期待が上回っていた。
これがわたしの大きな支えになっていたんだな。


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(10) こころを決めて
2010年03月27日 (土) | 編集 |
だいぶご無沙汰になってしまった回想シリーズです。
できれば手術から1周年の前には全て終わらせたい・・・けど無理かも^^;


2009年5月

再建外科を受診した次の日、家で夕飯の支度をしていると病院から電話がかかってきた。
出てみると乳腺の先生で、も~ビックリ。
私が部分切除か全摘かで相当悩んでいるらしいと思い、連絡してくれたようで・・・。
前日の再建外科での診察の様子を聞いたのにあわせて、カルテ開示の請求をしていることを知って、心配してくれたみたいなんです。
先生忙しいのに申し訳ないな~と思いながらも、嬉しかったです。
この事でぐっと信頼度が増した気がします。
「皮下全摘ってのもありっちゃありだと思います」
「次の外来の時に決めましょう」という内容でした。

次の外来までの半月間。もう答えは出ているように感じながらも、その気持ちに裏づけを取るように様々なことを考えました。
ノートに「こうであってほしい(希望)リスト」、反対に「嫌なことリスト」を書いてみたり。

●がんを取りきりたい
●再発率を少しでも下げて不安を減らしたい
●手術途中で切除範囲が変わったり、二度手間になりそうなことは避けたい
●再手術はしたくない
●放射線はどうしても必要な場合しか当てたくない(全体的に当てた場合の皮膚への影響を考えて)

こういった理由から
「皮下乳腺全摘+同時再建でいこう!」
紆余曲折を経て心は決まったのです。

で、いざ外来へ~!
緊張して診察室へ向かいました。
そして言われた言葉。

「上司とも話し合ったんですけど、皮下乳腺全摘がいいだろうってことに決定しました」

・・・え??決定??え~っと私に選ぶ権限は、無かったんだぁ^^;
と非常~に面食らいました。

あまりにビックリしたので、
「思ってたのと一緒だから良かったです」
としか言えませんでした(笑)。
私があまりに優柔不断だから決めてくれたのかな!?

先生の言い分は以下の通り。
身体に負担がかからないのは「部分切除+再建」。
どちらも間違った方法というのはないが、皮下全摘のほうが少し安全性が増す。
安全性を優先して皮下全摘という方法を選んだので、乳輪乳頭は全て取る。

またしてもショックなことに乳輪乳頭全て取るとな!?
えええ~と思ったけれど、腫瘍がその辺りにあったのでしょうがないな~と受け入れることにしました。

それから全摘を採用したことで、放射線をする可能性は低くなりました。
リンパ節転移が4個以上だった場合と、残した皮膚にがんが残った場合(がん細胞が脂肪に入り込んでいく性質があるため)のみとの説明でした。

手術から約一ヶ月前にやっと手術方法が決まりました。
ホッとしたような、何やらいろいろ複雑な気持ちでしたが、再建できるんだぞーということが心を明るくしていたように思います。
乳腺の手術方法は決まりましたが、この二日後には再建外科の診察が控えています。
今度は再建方法を決めなくてはいけません。

続きはまた次回のお楽しみということで^^


(9) 迷走中
2010年02月08日 (月) | 編集 |
2009年4月

悩みまくったあげく、一度は「先生が温存(部分再建)でいいって言うんだから、なにも逆らうことはないんじゃないか?」って無理やり自分を納得させようとした。
でもやっぱり、迷いは捨てきれず、心の底で燻っていた。

先生が言った言葉、「温存で局所再発率が上がっても、生存率は全摘と変わらない」、これはどういう意味なんだろう? 
データを漁って、自分の気持ちと照らし合わせた。 
・・・たとえ局所であっても再発は怖い。
考え始めると気持ちは一気に全摘へと傾いていく。

そんな中再建外科へ二度目の受診。
傷はどこにつくの? 放射線かけたらどうなるの? 断端陽性(切除部分の端にがんが残ること=取りきれていない可能性があること)で再切除になったら再建はどうなるの?etc,etc・・・
疑問と不安でいっぱいのざらざらな気持ちをぶつけても、先生が受け止めてくれたことに感謝している。

先生の説明。
再建方法は三案。
温存+再建(自家組織・背中) 傷は背中のブラに隠れる部分にできる。
全摘+再建(自家組織・臀部) 両側臀部の皮弁を約300gずつ使う。傷はお尻のカーブ部分にできる。
全摘+再建(EXP →シリコン) 人工物で再建し、出産後40代以降に自家組織(お腹)と取り替える。

全摘で自家組織の再建となるとそれだけ手術時間も長くなる。
放射線をかけた場合、血流が良ければ柔らかさは戻る(良くなるようには作る)。ただし残った乳房全体にかけると、範囲が広いため皮膚が萎縮する可能性は否めない。
もし切除範囲が更に広くなり半分程度切除するなら、中途半端な再建はできないのではじめから全摘にした方がよい。

(注:上記はあくまで私の場合で、すべての人にこれらの説明が当てはまるという訳ではありません)

乳腺の先生へ腫瘍の性質と再発リスクを聞いておくように言われ、結論は半月後の外来で出すことになった。


(8) 知れば知るほど
2009年12月20日 (日) | 編集 |
2009年4月

3月にがん告知、その後の術前検査を踏まえて、提示された手術方法は温存での同時再建だった。
それからは本やネットで情報を集める日々。

再建体験者の方の話を聞くために、サロンにもお邪魔させてもらった。
みなさんの表情が明るいことに、とても勇気づけられた。
(知らないことだらけすぎて、カルチャーショックも受けたけど)

知識を集める中で湧き上がってきた疑問は
「ほんとうに温存で大丈夫なんだろうか?」ということだった。

がんの取り残しがあったらどうしよう?
術中に追加切除になったらどうしよう?(そうしたら再建はどうなるの?)
取りきれたとしても、局所再発したらどうしよう?
再手術になったらどうしよう?

調べれば調べるほど疑問と不安が大きくなっていった。

どうして部分切除(温存)なのか、迷いを無くし納得させてくれる理由が欲しくて、乳腺の先生に聞くことにした。

【全摘】
「おっぱいがなくなる」ということ。
少年のようなぺったんこな胸になるということ。
再建手術においては手術が大掛かりで時間もかかる。
再建後、術後の安静時間が長く、血栓や脂肪の壊死などで再手術の可能性もある。

【温存】
「おっぱいが残る」ということ。
(再建も含めて)手術時間も短い。
術側の乳腺が残ることで局所再発率は上がるが、生存率は全摘と変わらない。

「元々画像にうつりづらくて、もわもわっと広がっている」
「この辺りにがんが留まっているというエリアがあるため温存という選択ができる」

もわもわっと広がっていて、判断がつきづらいのに、「この辺りに留まっている」って言い切れる根拠はどこにあるのだろう?と、ひととおり質問したはずなのにやっぱり疑問が残ってしまった。

それから「局所再発率は上がっても生存率は変わらない」ということばにも引っかかって。

結局もやもやは晴れず、悩みは増すばかりだった。


(7) 再建外科初受診
2009年12月11日 (金) | 編集 |
2009年3月末

ほんとは一週間前の予約だったのだけど、その日は先生が学会でいないとかで病院から電話がかかってきて、3月末の午後に予約を入れなおしてもらいました。

受診を前に・・・

ネットでいろんなことを検索したり、調べたり、ブログを読んだり。
手当たり次第にいろんな情報を得ようとしたけど、今思うとあまり頭に入ってなかった気がする。

私の場合。
たまたま紹介してもらった病院で乳がんが見つかって、その病院には乳房再建のエキスパートである先生がいて、同時再建を薦めてもらって。
なんだかよくわからないまま、たなぼた式に再建ってものにたどりついた、とってもラッキーなパターン。
でもこのときには、まだ自分のラッキーさってものには、そこまで気づけてはいなかったと思う。

心構えとして、なんで自分には再建が必要なの?っていう理由付けが必要だと思った。

私は何かと引け目に感じてしまう性格だ。
きっと胸が無くなったら、「私は胸がないから~~できない」っていちいちこじつけては、うじうじ悩み、周りを羨やみ、落ち込まなくていいことでまで落ち込んでしまうに違いない。

告知された直後は、悪いものさえ取ってもらえるならそれ以上のことは望まないと思っていた。
だけど次第に再建できるのなら、そうしてもらいたいって思うようになった。


初診は呼ばれるまでとっても時間がかかって、先にN先生に大体の話を聞いてもらってから、S先生の診察室に入ったらもう夜だった。
先生はお疲れモードで、言い方は悪いけど、わりとそっけない感じだったと思う。
診察途中で先生のPHSに電話がかかってきて~・・・
「僕ちゃんまだ外来中だからもうちょっと待ってて~」みたいなことを話してて、
「僕ちゃん!?」と耳を疑い・・・でもなぜか「僕ちゃんって言う位なんだからきっと悪い人ではないだろう」って不思議な思考回路が働き、ちょっと安心したのを覚えている。

診察内容は以下のとおり。
(注:このときは部分切除+部分再建という前提で話していました。)

120~130cc程度、脇や背中から脂肪をまわす。
今後は血管の太さや脂肪の厚みなどを検査したり、お話しながら決めていきましょう、とのこと。

N先生とのカウンセリングで、乳輪乳頭再建はちゃんと皮弁が定着して血流が良くなってからの方がいいと聞いていたから、「おいおいでいいので作ってもらいたい」とS先生に伝えた。
(最初に伝えた希望はそれだけだった。)

それからはじめての写真撮影・・・どんな顔したらいいんだろ~って思い微妙な笑顔を作ってみましたが。

先生と話す中で逆に質問を受けた。

切除の範囲は? 皮膚は残すの?
乳頭を取るのは決定なの?(分泌がある人の場合は取る場合が多いけど)

答えられなかった。だから次回の乳腺の外来で聞いてくることになった。
このときはどこに傷がつくのかも全く知らない無知な私だった。

先生「手術いつだって聞いてる~?」
私 「2~3ヶ月後って聞いてますけど」
先生「ん~1年後って言われなかった~?」
私 「・・・それは言われてないですねぇ~

冗談だろうとは思ったけど、手術してもらえなかったらどうしようって不安でへこみました。
先生、悪い冗談は言わないでね


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