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(20) 術後7日目~退院
2010年06月13日 (日) | 編集 |
2009年6月

●術後7日目(水曜日)

朝再建チーム回診。
臀部のドレーン一本も抜けず。
とりあえず急がないしドレーンがちゃんと出切ってから退院させて、と頼む。

口腔外科受診。
顎の痛みは顎関節症ではない、と言われ様子を見ることに。
痛みは徐々に治まり、結局この後口腔外科のお世話になることはなかった。

退院後のブラはどんなものを着けたらよいのだろう?と先生や看護師さんに相談。
ドリームブラを試着させてもらった。
この時は意外といい感じと思ったのだが・・・・・。
7月のKEA工房リンパ浮腫セミナーを申し込んだので、その時また試着させてもらうことにした。
(結局傷と縫い目がバッティングしていて身体に合わなかったので買わなかった)

血流チェックも朝の一回のみとなる。
病棟をウロウロ歩き回る。
ドレーンが抜けてない以外は完全に元気。

●術後8日目(木曜日)

臀部のドレーン、左側の一本が抜けた。
右は相変わらず。
一本残ってしまったので、退院はあさって以降と言われる。

身体を拭いた後、優肌絆(傷に沿って貼るテープ)の貼り方を教えてもらい
鏡を見ながら自分で貼ってみた。
これ、退院した後もしばらく貼らないといけない。
傷が長いから結構大変。

血流チェック一回。してもらえるだけありがたい感じに。
私の部屋に置かれていた色々な器具が、別の患者さんの部屋に運ばれていった。
いよいよほぼ完全な放置プレイ。

●術後9日目(金曜日)

朝SG先生、T先生来訪。
いよいよ最後の一本、右臀部のドレーンが抜けた。
これで次の日に退院できることになった。

ドレーンを抜いたところから浸出液が出ているので、
退院後も引き続き消毒や、シャワー時には防水するようにと指示。

薬の処方や、退院療養計画書、次回外来の予約、などなど着々と退院準備。

午後、病棟の端っこにある、眺めが良いと言うお風呂へ。
昼間の明るい時間に、窓から外が見えるお風呂の開放感は最高。
勝手に湯船にお湯を張り、久々につかる。
気持ちよかったー。
(ホントはドレーン抜去直後のため、シャワーのみOKだったらしい。
後々、何事もなくてよかった。)

お風呂の後は、優肌絆貼り。

夜乳腺チーム回診。
明日退院なので次回外来の予約は?という話になる。
7月の上旬と言われ、主治医Sセンセは夏休みでいないため、I先生にお願いすることに。
一応、最後なので、「ありがとう」とだけ書いたプチ手紙をSセンセにも渡す。
もらい渋るので「お金は入ってないよ、手紙だから」と言って受け取ってもらう。

ぞろぞろ乳腺チームが去ったあと、物凄い勢いでSセンセだけが再び登場。
「7月の外来の日は一週間延ばしましょう、病理の結果も上旬だと出てないかもしれないし、
僕いないので。」
・・・・・・手紙効果?

夕食後、空気を入れ替えて部屋の片付け。
余ったお菓子を看護師さんに押し付ける。

●術後10日目・退院(土曜日)

入院最短コースから遅れること3日。
いよいよ退院。

朝起床後、部屋の片付け。
お菓子なんかの残飯整理。
SG先生による胸とお尻の最終チェック。

私の一週間後に手術した方にご挨拶に行ったり。
おだやかな時間を過ごす。

12:00退院。
退院後、病院で買ったお弁当を食べてから、タクシーで帰宅。


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(19) 術後4~6日目
2010年06月10日 (木) | 編集 |
2009年6月

●術後4日目(日曜日)

術側の腕は動かしていけないはずなのに、
夜中ばんざいポーズで寝ていたようで看護師さんに直される。

じっとしていればほとんど痛みが気にならなくなる。
しかし動くとお尻がつっぱるような痛み。
片手しか使えないから、ベッドから降りたり戻ったりするのに一苦労。
でもだんだんコツがわかってくる。
自分の部屋の中でしか動けないけれど、洗面所で顔を洗ったり、
歯を磨いたり、ベッド以外の場所でできることが嬉しい。

ドレーンの液量がまだ多く抜けなかった。
日曜日だから先生は見えないかなと思いきや、ちゃんといらっしゃった。
先生の顔見たら、とても安心した。
休み無く働いていることを思うと頭の下がる思い。

胸の血流チェックは2時間毎から4時間毎に変更。
点滴の時以外はほっとかれ気味に。
昼間髪の毛を洗ってもらって、とてもサッパリした!!

●術後5日目(月曜日)

再建外科回診。
胸に貼ってあった透明なテープをはがしてもらう。
お尻に貼ってあったテープも柔らかいものに貼り替え。

顎が急に痛くなる。
どうやら手術の時口を大きく開けて管を入れていたせいで、顎関節症のような感じに。
次の日に同じ病院の口腔外科を受診させてもらうことに。

お尻の痛みは座るとき立ち上がるときだけ。
事前に採血した輸血用の自己血を二時間かけて戻してもらう。
これでやっと点滴も終了。
点滴針も限界。動くと痛むし血がにじんでいたから、抜けてスッキリ。
ドレーンは左胸腋下のみ抜くことができた。
血流チェックは4時間毎から6時間毎に変更。

同じフロアー内は歩行可能となり、やっと部屋から出られる!
デイルームで好きな漫画を発見して、ホクホク。

●術後6日目(火曜日)

血流チェックは12時間毎に。
左胸下側のドレーンが抜ける。
(もし全部ドレーンが抜けていれば、お風呂に入って
傷口に貼るテープの練習をして、次の日退院となる)
髪の毛を洗ってもらう。
これもドレーンが抜けていれば自分で洗っていいらしい。

車椅子で口腔外科へ。
レントゲンを撮って、次の日また外来受診することに。

夜、再建チームの回診。
お尻のドレーンがまだ抜けない。
上からガードルを履くことになった。

ガードルを履いている途中に乳腺チームの襲撃。
入る前に一声掛けてほしかった。履いてる間待ってもらう。
無くなりそうなノルバデックスは飲みきって一旦中止することになった。



(18) 術後48時間絶対安静
2010年06月09日 (水) | 編集 |
2009年6月

●術後1日目(木曜日)

1時間毎のドップラーの血流チェック
体温測定、血圧、点滴の交換と気ぜわしい。
手術後から両膝下に付けられているエコノミー症候群防止のマッサージポンプ。
これが膨らんだりしぼんだりする度にお尻の傷が引っ張られて常に痛い。
「お尻が痛い」とSG先生に伝えると
「お尻の人は大抵痛いっていうけど、2~3日すれば治まるから大丈夫」
痛み止めのロキソニンをもらって飲んだ。

朝から普通食が出る。
ベッドを起こせるのが35度までだからとても食べづらい。
食べないと良くならないと思いつつ、4分の1程食べる。
ストローつきコップの類が大活躍。

術側の手は肘下しか動かせない。
とにかく肩の関節は動かさないように、とのこと。
思わず動かしそうになるところを、がんばって血流確保。

●術後2日目(金曜日)

朝ごはんを食べ終えた頃、乳腺のS先生がひとりで説明に来てくれた。
手術で全てきれいにとりきれたということ。
リンパにひとつだけ微小転移があったが、予後に影響するほどの大きさではなく、
リンパ節郭清はしていないということ。
再発の可能性もリンパ浮腫のリスクも低いから、安心していいですよ、とのこと。
やっとS先生にお礼を言うことができた。

昼間、再建のSG先生、T先生。
SG先生「(胸)自分で見てみた?」
---さっきはじめて見ました。
「どうだった?」
---不思議な感じでした。でも嬉しかったです^^
「僕も嬉しかったです^^みんな嬉しいんだよ!」

夜乳腺外科オールスターズの回診。
とても調子がいいことを伝えると、先生方がとても素敵な笑顔で応えてくださる。
あんな笑顔は外来では滅多に見られないw

ベッド上安静と言えども、次第に動きがスムーズになってくる。
しかし夜になると背中と腰が痛くてしょうがない。
2~3時間で目が覚めてしまい、眠れない。
看護師さんが背中をさすってくれたり、
身体の向きを変えてくれたりしたものの、一向に改善せず。
辛い長い夜だった。
こんなことなら何も無いうちから腰当て枕を使うべきだったと後悔。

●術後3日目(土曜日)

昨晩の背中の痛みと疲れで元気が出ない。
硬膜外麻酔を抜いてもらうことになっている日。
背中の針を抜いてもらったら、ついにトイレ歩行可となり、
ベッドから起き上がることができる。

背中が痛いから早く起き上がりたくて仕方の無かった私。
針を抜きに来てくれたSG先生の姿を見た瞬間、
後光が差しているかのように見えたww
嬉しかったとは言え、なんという目の錯覚w

すぐに立つと眩暈が起きたりするからゆっくりね~、と看護師さんに言われ、
そのまま寝ていたけれど、だんだんトイレに行きたくなってくる。

ナースコールして「トイレに行きたいから起きれるようにしてほしい」
と頼み込んで、ベッドを直角にして15分。
血圧に変化無く、眩暈もないことを確認してから立ち上がる。

看護師さんに手伝ってもらいながらも、ベッドから出るのが大変。
立ち上がると意外と平気。歩くのも平気。
しかし座れない(T_T)
座ろうとするとお尻の傷が引っ張られて激痛が。
それでもがんばってトイレに座る。
片手しか使えないから拭くのも一苦労。

軽い気持ちで立ち上がってみたものの、
とにかく疲れて、大変で、身体の自由が効かなくて、
そのあまりのもどかしさにへこんでしまった。

足からマッサージポンプが外され、弾性ストッキングのみになり
胸の血流チェックも1時間毎から2時間毎に変更となった。


(17) 手術の概要
2010年06月08日 (火) | 編集 |
2009年6月某日

私が受けた手術の概要と大まかな流れです。
あくまで私の場合です。
誰でもこれだけ時間がかかる訳でもありません。
左右臀部両方から皮弁を採取する必要があったことと、
下垂した胸をバランスを見ながら二つの皮弁で形作ることに
特に時間がかかったのではないかな~と思います(想像ですが)。
(血管も鍛えたつもりの割には、そんなに太くなかったし)

先生方はじめ、
関わってくださった大勢の方々にほんとうに感謝しています。

再建外科のS先生、K先生、SG先生、T先生
乳腺外科のS先生、O先生
麻酔科のT先生、C先生
手術室看護師のKさん、Aさん
親身に身の回りの世話をしてくださった14-1病棟の看護師のみなさん
あらためて、感謝の気持ちをこめて、ありがとうございました。



●皮下乳腺全摘術(左)(乳腺外科)

●乳頭乳輪合併切除(乳腺外科)

●両側臀部からの遊離皮弁による乳房再建術(再建外科)


8:30手術室入室

8:50麻酔開始

9:30~11:15
皮下乳腺全摘(仰臥位)
センチネルリンパ節生検・リンパ節マイクロメタ(+)
500マイクロ大のため郭清はせず
切除検体約520グラム

12:00~16:40
両側臀部皮弁遊離(伏臥位)
左:200グラム 右:250グラム

16:45~19:30?
胸壁血管とのマイクロサージャリー(仰臥位)
左右臀部皮弁に2本ずつつけた血管を、胸壁の血管4本と吻合?

~21:55再建
二つの皮弁を縦置きして接合

22:40病室へ帰還
胸部レントゲン?をベット上で撮影

以後ドップラー(血流)1時間毎

ドレーン:胸に2つ、臀部左右1つずつ、合計4個
点滴:2本(腕と背中)
足にエコノミー症候群予防のマッサージポンプ(空気で膨らむやつ)
ドナー臀部の場合、足は伸ばしたまま。

手術日から3日後の朝までは絶対安静となります。
術側の腕は脇を少しあけた形でそのまま動かさないようにという指示が出ます。
肘から先は動かしてもOKです。

手術室から帰ってきて、私こんなこと言ってたそうです。
「ぐるぐる回されて、やめてやめて~って言ってるのに、
あっちひっくり返したり、こっちひっくり返したりバタンバタンされたの~!(>_<)」
手術中確かに仰向けにしたり、うつ伏せにしたり、ひっくり返されてるので、
つじつまが合わないわけではないのですが、
手術中のことって麻酔がかかっていても記憶の片隅に残っているもんなんでしょうか?
言った本人が完全に忘れているので、確認しようがありません^^;
(証言は夫)


(16) 入院生活2日目・手術
2010年06月07日 (月) | 編集 |
2009年6月

昨晩は眠剤でグッスリ眠ることができた。
5:30に自然と目が覚めてトイレへ。
かんちょーしなくて済んだので心で小さくガッツポーズ!

朝いちで再建の先生が来てくれた・・・ような気がする。
手術前後のことは実は余り覚えていない。
ノートに書いたことだけが頼り。
で、先生が来たかどうかは書いてないから自信がない^^;

8:00
着替え
浴衣と弾性ストッキング着用

その後再びトイレ。
緊張のせいかお腹がシクシク痛んで不安になる。

8:20
歩いて出発
お腹の痛みを看護士さんに訴えると
「昨晩下剤飲んだせいかもしれないから」と言われ気が楽に。

8:30
手術室
家族に笑顔で手を振って、扉の向こうへ。
同行してくれた看護士さんにメガネを預け、手術室へ。
はっきり言って周りが見えない・・・せっかく普段入れないところへ来てるのに!

手術室の看護士さんに連れられて、一番奥?の左側の部屋へ。
ぼやけた景色は、工場・研究所みたいなシステマチックで無機質な場所。
色は薄緑、シルバー。

部屋の隅に、目が見えないので誰だかわからない先生方。
誰だかわからなくて挨拶もできず(笑)

手術室中央にあるとても狭いベッドへ寝かされる。
天井にランプが3つくらい点いているのが見えた。

昨日説明に来てくれた麻酔科の先生with研修医。
(ともに女性。エンジ色の手術着が似合ってカッコイイお2人です。)
「よろしくお願いします!」と伝え、横向きに。
海老のようにひざを中に丸まる。背中に麻酔の針挿入。
「うまく丸まってくれたから、うまく入りましたよ」と褒められる。

「まぶたが重くなる薬、入れますからね~」
そう言われたからには目を閉じたほうが良いだろうと思い、何度かまばたき。
その後記憶ナシ。

↓(何か夢を見ていたような気がする。男の人の話声。)

目が覚めるとベッドでガラガラと運ばれているところ。
身体が激しくガタガタと震える。
(手術中体温を下げるから、元に戻る時に震えが来た?)
のどに挿管されていたせいか、セキが止まらず苦しい。

再建の先生が「うまくいったよ」と言ってくれた。
息もたえだえに「ありがとうございます」と言ったつもり。
実際は声が出ていたかどうか? うなづくだけで精一杯だったかも。
とにかく気持ちが悪くて仕方ない。

22:40頃
病室へ戻る。
ベッドを先生方に囲まれる。
すると突然知らないオジサンが現れて、
せーので背中を持ち上げられて下に板を入れられる。
「バシャッ!」閃光が光った。
オジサンはレントゲン技師だった。

撮影が終わると、潮が引いたように先生方が一斉にいなくなり、
長い夜が始まった。

胸につないだ血管が詰まっていないかどうか確認するために、
ドップラーという機械のプローブを胸に当て、
「ショワショワ」と血流音を聞く。
このため、1時間毎に看護士さんがやってくる。

喉の異物感が苦しい。
吐き気までしてくる。
鼻から入れた管が喉に当たっているのが辛い。

何度も咳き込んで、何度も吐きそうになったりして、
鼻の管を抜いてもらえて、はじめて少し楽になった。

手術室を出るときから続いていた震えと寒気。
電気毛布をかけてもらっていたが、
震えが止まってからは、暑くなったりおさまったりの繰り返し。

とにかくセキがひどくて、眠れなくて、
3:00頃点滴で眠れる薬を入れてもらい、やっと就寝。

この時は痛みを感じる心の余裕すらなかったようです^^;
訂正します。とんだ勘違いでした。
夜中にボルタレン(痛み止め)使ってましたw
足に付けられたマッサージポンプが
プシューっとしぼんだり、膨らんだりするたびに
つられてお尻の傷が痛かった。
でも忘れちゃう位だってことなので、
これからの人も怖がらなくて大丈夫ですよ^^


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