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30代半ばにして自らのルーツを辿る
2010年11月30日 (火) | 編集 |
大叔母がこの世を去り、2週間経った。

私の祖父母は私が生まれる遠い遠い昔に他界している。
「おばちゃん」と呼んでいたけれど、大叔母は祖母に等しい存在なのだ。

今まで特に大きな病気も無く元気だったのに。
急なアクシデントが命取りとなり、あっというまに逝ってしまった。
痛かったり苦しかったりしなかったかな、とそれだけが気がかり。
残された私たちは寂しい限り。
なにより一番辛いだろうと心配なのは、同居していた家族たち。

私が大叔母に最後に会ったのは、結婚式に遠くから来てくれたとき。
そのあとは数回電話で話しただけだったけれど、とても喜んでくれた。
結局楽しみにしていた、ひ孫の顔は見せられなかった。
花嫁すがたを見せられただけ、良しとするか。
遠く離れているからたまにしか会えないけれど、
どこか心のよりどころにしていたのだろうなぁ。

大叔母はあることを教える先生をしていた。
お通夜、告別式には、その多くの仲間や教え子たちも訪れていた。
分け隔てなく愛を注いでくれる、元気で明るくて優しいおばちゃんだった。
人に喜ばれる仕事(お金が貰える貰えないに関わらず)をたくさんした人だったのだろう。
もちろん親戚中からも愛されていた。

両親と田舎に帰るのは久しぶりの出来事。
いつも故郷で言葉がなまる父は、あまり方言が出なかった。
今まで大叔母が一番なまっていたから、みんなそれにつられていたのだろう。

私は約25年ぶりにいとこ達に再会。
当然だけれど、立派に大人になっていた。
みんな近くで生まれ育ったから仲がいいんだな~って、うらやましく見ていた。
ほんの1~2日で25年の壁は埋められないが、
嬉しいようなくすぐったいような懐かしい気持ちがした。

帰る前にご先祖様のお墓へ連れて行ってもらった。
お墓参りをしてないことが、今までず~っと気がかりだった。
前日伯父が見せてくれた、亡くなった祖父母の写真。
その姿をまぶたの裏に思い浮かべながら、ご挨拶をしてきた。

実の祖母は35歳の時がんで亡くなったと知った。
私は年が明けたら35歳になる。
祖母の分まで、しっかり太く長く生きないといけない。

「生かされている自分」をより強く感じた。
今回のことをとおして、大叔母が遺してくれたものは余りに大きいと気付いた。

おばちゃん、ありがとう。
・・・って。直接言いたかったな。



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